特別支援教育

仲間の支えと継続と

 僕の身近で、この1年急激に伸びたと感じる

人に共通することがあるようだ。それは、価値

観、教育観のベクトルが似ている仲間がいるこ

とと、継続的な学び、刺激の場があることだ。

 自分なりに思考し、組み立てた仕事。

 独りよがりではないけれど、自分らしい仕事。

 正当な切磋琢磨なら良いが、時には不当な批

判ややっかみもあるのだと思う。力が上がって

きた時はなおさらだ。

 

 自分で考え思考する。

 これを、教育における「哲学」を持つというの

かもしれない。

 「哲学」不在の方法論ではなく、しっかりと自

分の頭を使って考えよう。そして、独りよがりで

はない自分らしい仕事を(子育ても!)したい。

 そのためには、仲間の存在が重要だ。

 自分らしい仕事は、自分だけではないのであ

る。だから独りよがりではないのだから・・・。そ

して継続的な学びの環境が必要なのだと思う。

 

 悩んでいる方へ。

 独りではないはずだから・・・。ぼちぼち前に進

みましょう、諦めずに・・・。

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語りの力

 内輪で、ちょっとした勉強会と忘年会を企画

した。3名の先生から話題提供をいただき、

フリートークで考えを出し合おう、そして、各自が

自分なりに考えてみようという勉強会である。

 参加型研修。

 ハウツー型研修が全盛の時代? には珍しい

ようなオーソドックスなスタイルである。

 話題提供者は、基本的に「語り」で子どもにつ

いて、子どもとの関係について話すように依頼し

た。

 子どもとの関係を、どのようなことばにして表

現するか?

 重要かつ難しいことだと思う。

「あの先生は厳しいから・・・。」

などと、何気なく使ってしまうことがあるが、この

ことばによって、ある場面での教師と子どもの関

係が、あるイメージを持って規定されてしまう。

 「厳しい」って何?

 「厳しい」って悪いこと? 等々

 どんなことばで、場面を、関係を描写するか?

 それは、単に記述の仕方の問題ではない。そ

れは、自分自身が、場面を、関係をどのように捉

えているかの反映なのだと思う。

 そういったことを、時間をかけて、ゆるゆると進

め考えるスタイルの勉強会を、これからぼちぼち

とやってみたいと思っている。

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「自閉症」として子どもを見ないことの意味

 友人からのメールである。
 日々のちょっとした出来事を教えてくれる。

その小さなエピソードからいろいろなことを考

えることができる。

 体育の時間に、ぶつかってばかりの男の子。

特別支援学級で学ぶ、小学校高学年の男の子

である。

 あまりにぶつかるばかりなので、交流及び共

同学習を担当してる先生から

「わざとやっているように思えてきた・・・」
の声が届いた。

 そんなことはないだろう・・・。
 元々、体のバランスをとるのが苦手である。
 悪気はない行為だと思えた。

 担当の先生は
「わざとやっているんじゃないか。彼らは思春期の

入り口ですから・・。」
と言われる。
 
 思春期の入り口・・・。

 本人を呼んで尋ねた。
 わざとではないと言う。それはそうだろう。
 ついでに聞いてみた。
「好きな女の子はいるの?」

 明らかな動揺・・・。
 そうだったんだ・・・。

 同僚と話した。
「私たちは、あまりに小さな時から彼らを見ているか

ら、彼らの成長がわからなくなっているのかもしれ

ないね。」

 子どもたちは、私たちの知らない間に、どんどん

大きくなっているんだね。

 知らない間に子どもが成長している。
 意図的に「子離れ」していく大切さ。
 障害があって、自閉症の子どもも恋をする。
 「障害」に左右されずに子どもを見つめる大切さ。

 師匠、片倉信夫先生から、若いときに「自閉症だ

と思って子どもを見るのをやめること」を指導いただ

いた。ある一定の時期、これを自分に課すことで、子

どもを障害部分だけで見ない習慣がついた。

 今、このことを改めて思い出している。

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時代の影響

 時代は移り変わる。

 当然である。そして、その影響をうけて人は生きる。

 障害のある子どもたち、方々も、その障害の種類や

軽重にかかわらず、その影響を受ける。

 当然である。

 そのことが、僕らの仕事にどのように影響するものだろ

うか。

 こういった視点で議論される場をほとんど知らない。

 片倉信夫先生の以下の指摘、人付き合いに希薄さを

求めるという時代の「特別支援教育」に、密な人付き合い

を前提としてきたこれまでの「実践」「教育」はどこまで

通じて、どこからが通じないのだろうか・・・。 

http://www2.bbweb-arena.com/tuitachi/myweb117_007.htm

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見えないものを見ようとすること

 本当にいろいろなことがあった。

 日々に追われ、深夜帰宅の後、夕食を取ってから

翌日の資料に目を通すなど、自転車操業も良いとこ

ろの11月が終わろうとしている。

 あるところで、保護者を中心とした会があり、1時間

ほどお話をさせていただいた。

 実に様々な障害のある子どもの保護者の方々が

集まられていた会であった。

 私は1枚の写真を示した。

 松江出張の際に撮った宍道湖の夕陽である。

 そして、山田太一さんのエッセイを紹介し、出雲地

方が、出雲大社により目に見えないものを引き受け

、大和地方が大和朝廷により目に見えるもの、実務

的なところを引き受けた話を出した。

 特別支援教育の「見えないもの」とは、いったい何だ

ろう?

 「見えないもの」を見ようとする試みは、特別支援教

育の中で大切にされているだろうか・・・。

 

 制度の中にある「見えないもの」。

 そこを考える時間を、皆さんと共有したつもりである。

 マニュアルにならない部分である。

 制度にもならない部分である。

 恐らく、教育の魂の部分になるのだと考えている。

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ドタバタと・・・

 更新を怠っていたら、病気ですかという

連絡をいただいてしまった。情けないこと

である。

 すみません。

 元気なのですが、怠惰なだけです・・・。

 このところ、なんだかんだといろいろなことがあった。

 初任者研修で、学校に授業を見に伺う仕事。

 自閉症・情緒障害特別支援学級の授業を拝見したり

学校の先生方からお考えや工夫を伺って学ぶ仕事。

 連絡協議会。

 研究に関する協議。

 自主勉強会があったり、いろいろな方にお会いして

いろいろな取組について教えていただく時間もあった。

 通常学級の特別支援教育

 特別支援学級の授業づくりや教育課程編成

 交流及び共同学習の取組

 通級指導教室のさらなる発展

 特別支援学校の授業づくり

 中学校区を基礎にした地域の取組

 相談支援ファイルなど、情報のつながりの仕組みづくり

 生徒指導と特別支援教育の協働     等々

 あちこちで、いろいろな方が、これらの取組を始め

すすめていらっしゃることがよくわかる。

 まだまだ広まっていないこと、効果が目に見えていたいこと。

確かにあるだろう。

 でも、方向の違う努力をしていることはないだろう・・・・そんな

思いを持っている。

 方向付けを誤らないこと。

 重要だと思う。

 あちこちで頑張っている多くの方々の努力は、日本の未来を

創る努力なのだと思う。

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自閉症・情緒障害特別支援学級の縦糸張り

 縦糸・横糸理論は、横浜の野中先生が整理を

されているものである。

 詳しくは、野中先生のブログを参照していただ

くとして。

http://nonobu.way-nifty.com/blog/2009/10/post-ffae.html

 学級づくりの実践理論として提唱されているも

のだが、これは、通常学級を想定して整理が成さ

れているものだと思う。

 これ、自閉症・情緒特別支援学級においても

同様に整理できるのであろうか? というのが

最近の僕のテーマである。

 このところ、授業参観をお願いして、その課題に

迫ろうとしている。

 先週拝見した2学級については、どちらも

「同様である」と考えられると思った。

 縦糸・横糸が張られた学級では、以前大荒れで

あったと聞いた子どもたちが、相当穏やかな

態度に変化していた。同時に「かわいらしい」笑

顔が、雰囲気が増えていた。

 一言で言えば「子どもらしく」なってきていたのだ。

 ただし、糸の張り方については、かなり検討が

いる気がする。

 教師のやり方の違いで「縦糸から張る」人と

「横糸から張る」人がいるのだろう。

 でも、自閉・情緒の学級ではひょっとすると、

一般法則として「横糸から張る」ことが必要なの

かもしれない。直感レベルの話であるが、ここで

ひっかかって混乱している学級も多いように思う。

それゆえ、ここの部分を、教師の技レベルとして

良いかどうかは検討に値すると思う。

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「個別支援」と「集団づくり」

 先週末、池田修先生をお招きしての研修会に

参加した。

 元中学校教諭、いまは大学で教鞭を執られる

池田さん。学級経営、生徒指導、そして国語教

育のプロである池田さんの講義を、特別支援の

視点と結びつけて学べるように・・・という企画

であった。

 まさに、ハイブリッドの発想である。

 僕へのミッションは、最初の10分間の持ち時

間で、池田さんの話が、実は特別支援教育と

密接な関連を持っていることを整理し、研修の

意図を明確化することであった。

 お招きした池田さんの時間を10分奪っての

僕の話である。

 そこで使ったキーワードは

「集団の中の個」「生徒指導と特別支援教育」

であった。

 池田さんのお話は、いつものことながら圧巻

であった。

 参加された方の感想を拝見していると

「特別支援教育のいつもの講演と違う切り口で

新鮮」

といったものがあった。

 そうである。

 意図的に違う切り口で企画されたものなのだ。

 通常学級のプロが、自分の仕事を語る。

 そこには当然、個別の指導、支援、配慮があ

るはずなのである。

 そこには「特別支援」がある。

 本人が気づいていない場合もあるので、気づ

けるような会の設定が必要だ。

 また、科学的な根拠を明確にする、エビデンス

の明確化という意味で、「特別支援」が役立つこ

ともある。

 でも、主力は、通常学級におけるこれまでの

実践の振り返りと整理なのである。

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力を合わせる

 詳しいことを書きにくいのだが、この2,3日立て

続けに起きたこと。それは、一人一人の子どもたち

を大切にしよう・・・という思いの元、多くの立場の方

が力を合わせようとする動きだった。

 教科指導のプロ、生徒指導のプロ、通常学級指導

のプロなど、「障害児教育」を専門としていない方々

との仕事やつながりが相次いだ。

 ある会議では、特別支援教育がテーマであったにも

かかわらず、僕がほとんど話さなくても、他の領域の

メンバーがリードし、通常教育と特別支援教育のハイ

ブリッドとでもいうべき内容の構築に向けての議論が

続いた。終了後

「クリエイティブな仕事になってきたな~」

というメンバーの声を聞いた時、僕は本気で思わず

涙がこみ上げた。

 そう、通常学級の特別支援教育は、「障害児教育」

を専門とするメンバーがリードしているうちは、本物に

ならない気がするから・・・。

 力を合わせるための仲間づくり。

 地味で地道な仕事である。

 尊敬する先輩に言われた。

「丁寧に対応し、やりとりしていると、あちこちから連

絡が増えるんだよ。でも、それが大切なんだ。」

 愚直にいきたい。

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特別支援のものがたり

 ある教育センターから発信された文章である。

 学校でできること。

 ぶれのない価値観を伝えること。

 メッセージ性。

 居場所。

 温かな集団。

 つながり。

 感謝の心。

 学校の、教室のものがたり。

 特別支援のものがたり。

 こんなものがたりをいっぱい集めていきたい・・・。

http://www.edu-ctr.pref.okayama.jp/sougou/koho/compass/rashinban-2118w.pdf

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