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教育支援員さんの物語

 福島県で、文字通り身体を張って子ども達を守られ、

8月からは新たな現場で学校を率いていらっしゃる

渡邊先生。

 以前の職場で、特別支援教育にかかわる支援員さんと

向き合われた記録である。

 日本中で、支援員さんといわれる立場の方々が、

同じように悩まれ、苦しまれながら、子ども達を

守っていらっしゃるのではないだろうか。

 この夏のとある研修会で、支援員さん方と一緒に

学んだ時間があった。

 「支援すること以外に、子どもとどのような関係が

成立しているかな・・。子どもと自分の間に何が

あるものでしょうか・・。」

と投げかけ、簡単なワークをした。

 子どもととても近い距離で向き合う立場。

 魅力的な仕事であり、とても難しい仕事であると思う。

 以下に、渡邊先生の玉稿をご紹介したい。

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メールマガジン「学びのしかけプロジェクト」
                141号 2011年9月18日発行
                      (毎週火金日発行)
http://www.jugyo.jp/
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★目次★
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1 研修日誌「あなたからみえる場所」より
        ~特別支援教育支援員からの手紙~
                   「インクルージョン」編集委員
                   福島県公立小学校 渡邉 謙一
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 渡邉謙一さんの4回目になる「研修日誌」です。福島県では年度途中で
の人事があり、渡邉さんは「教育研修センター」から、小学校へ戻られま
した。新しい職場からの最初の発信です。        (石川 晋)
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1 研修日誌「あなたからみえる場所」より
        ~特別支援教育支援員からの手紙~
                   「インクルージョン」編集委員
                   福島県公立小学校 渡邉 謙一
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 福島県では、8月1日に、人事異動が行われ、私は、5年4ヶ月間勤め
たK市の「教育研修センター」から、N村立の小学校に転勤しました。も
う二度とあって欲しくない、災害による年間途中の人事異動。着任しても、
学校は夏季休業中。約一ヶ月間、子どもは登校してきませんでした。
9月になり、第2学期の始業式。いよいよ、スタート。私から見える風景
に息づいている子どもたちや先生方の姿を、これからも「研修日誌」とし
て報告しようと思っています。
 今回は、そんな、今の私に届いた、K市の支援員の先生からの手紙を紹
介します。
 できれば、私は、これからも「あなたからみえる場所」に立っていたい
と考えています。
                          
■あの日のこと(5月○日)
 先生、お元気ですか。K市立H小学校の特別支援教育支援員のNです。
たった一度、授業を参観してもらい、その後、わずかな時間、お話をした
だけの私ですので、覚えていらっしゃらないかもしれませんね。あの頃の
先生は、震災の影響で、研修センターでの講座が開催できずに、その分、
毎日のようにK市のいろいろな学校からの要請に応えようと、特別支援教
育に関する学校支援を続けている最中だったでしょうから。あの日、初め
てお会いした私のことは、もうお忘れになっているのかもしれません。
 あの日、参観してもらったのは、4年生の通常学級の授業。「国語」の
授業でしたが、教科は何であっても同じだったのかもしれません。私は、
「Aさん担当」でしたから。
 私は、教室、一番前の右端に座るAさんの隣に椅子を持っていって座り、
担任の先生が「こっちを向いてください。」と言ったら先生の方に注目す
るようAさんを仕向けましたし、担任が「24ページを開いて。」と言っ
たら、何もしないAさんを急かして、私が教科書をめくっていました。そ
れで、私は仕事をしたこととなり、私は周囲にも認めてもらえる。これが、
私のやるべき仕事なんだ。そう思うことによって、そのころの私は、自分
で自分を納得させるようにしていました。

■支援員の落とし穴
 Aさんが「学級のみんなと同じように行動できること」。そうです。そ
れが、あの頃の私の目標でした。校長先生や教頭先生、担任の先生、保護
者、学級の子どもたち、そして誰より、Aさんさえ、そう願っていると、
私自身が思っていました。確かに私が入った頃の4月のAさんに比べれば、
離席も少なくなったし、パニックを起こして周囲を困らせることも少なく
なったし、担任の先生の一斉指導にも何とかついていけるようになってい
ました。
 しかし、私が支援してきたのは、本当にAさんだったのでしょうか。私
がAさんを支援してきたのは、「Aさんが」困っているからだったのでし
ょうか。
 Aさんがしっかり話が聞けないと、そして、結果として、指示されたよ
うに動けないと、まるで、私が何の仕事もしていないように自分で感じて
しまう、周囲からそう見られる、そんなふうに思っていました。
 「特別の教育的ニーズに応える」こと。この場合の「特別」とは、いっ
たい何だったのでしょうか。

■授業後の話し合い
 あの日の授業後、別室で、先生と二人で話をしたとき、しばらく、私の
話を聞いていた先生が突然、「支援員の目指すことは、何ですか。」そう
質問されました。私は、思わず、おびえました。それまで、私が話したこ
とは、何も伝わっていないのか、いぶかしくも感じました。この人は、何
をいったい聞いていたのか。
 苦しそうな、困ったような顔をしながら、「私は、支援員さんの目標は、
支援員がいなくなることだと思います。」先生は、そう言いましたね。
 厳しい言葉でした。ひどい言葉でした。
 でも、心のどこかでは、私も同じことを感じていたに違いないこともわ
かりました。いや、だからこそ、私は、自分から先生に電話連絡し、学校
までお出でいただいたのかもしれません。学級担任も管理職も、特別支援
教育コーディネーターさえも、先生の要請には最後まで消極的でした。あ
まりいい顔はしませんでした。それでも、先生をお呼びし、話を聞いても
らおうとしたのは、私自身のSOSであり、このままでいいのだろうか、
といった漠然とした不安を私自身がどこかで抱えていたからだったろうと、
今だからこそ少しわかります。
 Aさんにとって、目指すべきことは、支援員の私がいなくても自分で学
習を進めることができること。支援する人がそばにいなくても、自分で自
分の学びや生活がうまくいくこと。それが、目標。そんなことさえ、わか
らなくなっていました。
 もちろん、先生が言ったように、自立しようとしても、支援の手が一生
涯必要となってくる人もいるのはわかります。それでも、たとえ、そんな
人のそばにいる支援員でさえも、少しでもその人が自分自身で自立できる
ようにと、支援の方向を考えなければならないのですよね。
 そのときから、私は、私のできる範囲で、「システムチェンジ」を考え
始めました。先生の言葉、覚えています。「教員も、保護者も、学級の仲
間も、何より本人自身も、みんな一生懸命にやっているのですから、これ
からやるべきことは、誰かが今以上に、さらにがんばることではないはず
です。それらの関係性を少しだけ変えていくこと、『システムチェンジ』
こそが必要ではないでしょうか。」
 もちろん、あのあと、すぐには、どうにもなりませんでした。ごめんな
さい。言葉では何となくわかりましたが、実際には、何をどうしていけば
いいのか、少しも見えませんでした。先生の話は、少しも役に立ちません
でした。
 苦悶の日々は1学期間、続きました。

■夏休み
 8月1日の人事異動で、担任と管理職が替わりました。そういえば、先
生はあのとき、笑いながら言っていましたよね。「究極の、そして、最も
簡単なシステムチェンジは、『メンバーチェンジ』です。」と。
 この夏休み、支援員の立場で、出過ぎた物の言い方だとはわかりながら
も、「Aさん担当」をはずしてもらうようお願いし、私の役割を、「学級
全員の支援をする」システムに変えてもらうことができました。
 今度の担任の先生とは、授業について話をすることもできました。Aさ
んの席を学級奥の最後列にし、私は、教室後ろ中央に位置する。授業者が
一斉指導を進めるときは、できるだけ、個別に声をかけることは控え、そ
の分、「記録」を取ることに努める…。授業者のどんな指示が、どのよう
に出たとき、その指示が入らないのか。Aさんが離席するのは、どんなと
きなのか。Aさんを中心としながらも、他にも、そのような子がいないか。
授業者では、把握できないそのような個別の記録を取ることが、一斉指導
中の私の役割としました。
 そして、通常の授業では、必ず、個別の学習の時間を取ることも、担任
の先生は約束してくれました。個別の時間になったとき、私は、Aさんや、
Aさん以外でもその学習の仕方では学びにくそうな子どもの支援に入るシ
ステムとしたのです。
 
■そして 今日
 今日の国語の授業は、漢字の習得でした。個人ごとの学習になったとき、
夏休み中に準備した「漢字ばらばらカード」を使いました。「たとえば、
漢字を覚えるのにも、人によって、いろいろな方法があるのではないでし
ょうか。」「書いて覚える人もいますね。大きな紙に書写のように書いた
方が覚えやすい人もいるでしょうし、もしかしたら、虫眼鏡でみなければ
見えないようなごく小さい字を書くことで、覚える人もいるかもしれませ
ん。漢字をジグソーパズルのように、ばらばらにし、それを組み合わせる
ことで、より、その漢字を認識しやすくなる人もいたりして。おもしろい
ですね。」先生は、そんなことを言っていましたよね。なんだか、無責任
な人ごとのような話し方でした。
 でも、あの、言葉がヒントにはなりました。パソコンで新出漢字を□の
中に記し、印刷段階で拡大しプリントアウトする。その紙を切ってばらば
らにし、子どもに組み立てさせる。それほど準備に手間がかかることもな
いし、何より、カスタマイズが簡単。拡大する大きさも自由だし、ばらば
らにするピースの数も、その子や覚えた具合によって変えられます。最初
は、偏と旁、上下等で1/2に。それから1/4、1/8とピースの数を
多くし、ばらばらにして子どもに示し、それを組み立ててもとの漢字に完
成させることをやってみました。難しい字の場合には、ある画に色を入れ
たり、簡単な場合には、複数文字のピースを混ぜて一緒にして示したりと、
まるで、カードゲームのようにして遊びながら漢字の認識を進めていきま
した。Aくんだけでなく、授業の後半は、学級の多くの子どもが遊びなが
らの漢字の学習でした。
 そんなことがうれしくて、今日、先生にお便りを書きました。
 支援員としてのあるべき姿なんて、今も私にはわかりません。先生の話
に、全部納得できたわけでもありません。きっと、その場所、その人によ
って、支援員のあるべき姿は違ってくるのだろうと思っています。私は、
私の考えで動いていきます。(隣の学校の支援員さんは、長引く放射能の
問題を心配し、仕事を辞め、県外に避難してしまいました。自分の子ども
がちいさかったら、私もそうしていたかもしれません。)
 先生は最後に言いましたよね。「子どものことを一番身近でみている人
こそ、支援計画をマネージメントすべき。たとえ、それが、どんな立場の
人だとしても。」そんなことは今でも無理だと思います。センターにいる
先生だから、言える言葉だと思います。 
 まだ、2学期が始まったばかりです。Aさんのような学びにくさをもっ
ている子どもにとっては、最も苦手な運動会の「練習」もいよいよ始まろ
うとしています。
 それでも、私は、支援員としての仕事を楽しみながら続けようと思って
います。
 支援員の契約は1年間。次年度は、雇用してもらえるのか、この学校に
いることができるのか、何一つはっきりしていません。でも、「いなくな
ることが目標の仕事」なのですからしかたがないですよね。
 自分がいなくなれるよう、毎日、がんばっていきます。先生とは、また、
どこかでお話ができればうれしいです。

■(返信)
 Nさん、お手紙、ありがとうございました。でも、この返事は、ポスト
に入れないかもしれません。
 私は、勤務箇所は変わっても、私の立つ場所に変わりはないと思ってい
ます。
 私は、今、私の学校の、目の前にいる何人かの子どものことを考えてい
ます。まだ、困っている子のその要因さえわからず、アセスメントも少し
も進んでいません。
 ただ、「子どもの『対面者としての教師』としてではなく、『子どもの
傍らに寄り添う教師』(これは千葉大学の上杉賢士先生の言葉)として、
子どもの心の声を聞きたい」と願っています。子どもが「いやだ。そんな
のやりたくない!」と言った言葉が、本当は、何を教師に伝えたいのか。
「何をやるのか、わからないよ。」なのか、「私には、それができるとは、
思えません。」なのか、「いまは、そんなの、やる気がおきないよ。」な
のか、それとも、まったく別のことを伝えたい言葉なのか…。それをしっ
かり聞いてやりたい。そう思っているのです。
 今の私には、あなたに、何も話すことはありません。
 でも、私は思っています。やっと、私は、あなたと同じ場所に立つこと
ができました。
 「教員だって、いつまでも、その子のそばにいることができるわけでは
ありません。期限付なのです。自分がいなくなったときのことを考え、今
の支援をどうしたらいいのか、自分でマネージメントしていくしかないの
です。ともに、同じ場所で、がんばりましょう。」
 これは、あのとき、あなたに伝えたくても伝えられずにいた、私の心の
声です。

授業づくりネットワーク誌の最新号
→ http://www.gakuji.co.jp/magazine/network/index.html
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【編集後記】
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 渡邉さんの現場復帰後はじめての発信を、感動の思いで読ませていただ
きました。
 「私は、支援員さんの目標は、支援員がいなくなることだと思います。」
 個のニーズに応えるという題目のもと、日がな一日全ての学習生活場面
に密着する支援者の姿を何度も見てきました。自己決定の機会を与えられ
ず、教える側のよかれという「善意」で行われていく支援の無残さ…。
 「自分がいなくなったときのことを考え、今の支援をどうしたらいいの
か、自分でマネージメントしていくしかないのです。」という渡邉さんの
決意を、私も共有していく一人でありたいと思いました。

 次号火曜日は、「ワークショップ」チームから。蓮行さんの二度目のご
登場です。どうぞお楽しみに!
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メールマガジン「学びのしかけプロジェクト」
第141号(読者数1757) 2011年9月18日発行
編集代表:上條晴夫(haruo.kamijo@gmail.com)
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 副編集長:長瀬拓也・加藤恭子・藤原友和・佐内信之
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