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2011年3月

再考:大皿取り分けの教育学

 自閉症協会から出されているハンドブック。

本人・家族向け」

http://www.autism.or.jp/bousai/bousai-hb-honninkazoku.pdf

支援者の方々向け

http://www.autism.or.jp/bousai/bousai-hb-siensyayou.pdf

 

 以前、おつきあいのあった子どもたちやご家族と、

いざというときのために備えて、敢えて、大皿から

みんなで取り分けて食事する練習をしたり、いろいろ

なメーカーのお弁当を食べる練習をしたりしていたこ

とを思い出した。

 決まったパターンを敢えて外す子育てに批判を

受けられた家族もいたように思う。

 しかし、その智恵と意味、大切さが明らかになって

いる今の日本の状況なのだと思う。

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ことばを磨く

 卒業式。

 学校での行事の中で、もっとも大切なものの1つ

であり、そこで校長から語られることばは、学校に

おける最高のことばなのだと思う。

 テレビのニュースで、被災地の学校の卒業式風

景を見た。

 もし自分が、あの立場なら・・。

 校長として、担任としてあの場に立っていたとした

ら、自分は、どのようなことばを紡ぐことができるのだ

ろう。そう思いながら見た。

 私は、この10年ほど、卒業文集には殆ど同じこと

ばを書いてきた。

「それぞれの道でプロになれ」

である。

 それは、思いつきで書いていたわけではなく、これ

まで仕事をしてきた中から、もっとも伝えたいことを

一言に凝縮しようと考えたものであった。

 

 しかし、今回のことで、自分に紡げることばがはな

はだ貧弱であると痛感させられた。

 ことばは、その場限りで紡げるものではなく、これま

での生き様の投影なのだから。

 京都橘大学の池田修先生のブログで教えていた

だいた、ある校長先生の式辞の全文である。http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

 今自分がすべきことは、プロとして、日々をどう送

るのか・・ということである。

 実務的なことがらに忙殺されるだけではなく、魂の

こもった日本語を紡げる日々を送ることなのだ・・と

思いながら何度も読んだ。

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日本人の一人として

 職場の同僚が、大きな紙袋と一緒に出勤。

 毛布などを持ってきたという。お見舞い品

の受付が始まったからだった。

 やるな・・。

 直接的な支援はプロの指示や依頼に従い

自分は自分で、淡々とできることをしようと思

う。

 日本人の一人として。多くの方々へのエー

ル映像である。

http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc 

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今、日本で・・・

 信じられない映像。

 信じられないニュース。

 夢であって欲しいと願った瞬間。

 今、一人の日本人としてどうあるべきかを考えるために

僕の心を揺さぶられたブログ、冷静な論調で僕を正して

くれたブログを紹介しておきたい。よかったら、これらの日

本語に触れてみてください・・。

阪神淡路大震災の経験からの戒め・・

http://xdl.jp/diary/index.html#20110313

テレビ各局へ・・

http://dfujikawa.cocolog-nifty.com/jugyo/

基本的な振る舞い方・・否定的なことばを発しない

http://blog.tatsuru.com/

地震の後学校で考えて欲しいこと

http://dfujikawa.cocolog-nifty.com/jugyo/2011/03/post-2856.html

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