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2010年10月

自閉症・情緒障害特別支援学級の公開授業その3

 1,2年生の合同授業。

 もの作りを通して、子どもたち同士の関係を

育てようという意図の授業。

 友だちとのコミュニケーションが苦手。

 周囲に関心がない。

 そういった実態の子どもたちに対する教師の

思いを、もの作りという活動を通して、自然に

実現させようというねらいであったと思う。

 授業を行うのは、初めて特別支援学級をも

たれている先生と支援員の方である。

 指導案では、いろいろと意図を考えていても

いざ、授業が始まると、授業のねらいと大人の

側の関わり方ががぶれる。

 もの作りが目的ではない。

 もの作りは、あくまで手段。

 ねらいは、子どもたち同士の絡みである。

 でも・・・。

 大人の側が、そのねらいを意識して、授業の

中での自分の言動を考え、実行することは、難

しいことなのだと思う。

 そのことに、先生方が気づけたのであれば、

あの時間は今後に必ず活きるのだと強く感じた。

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自閉症・情緒障害特別支援学級の公開授業その2

 1つのクラスは、1,2年生の合同授業。

 自立活動に集団で取り組むという「挑戦」である。

 ある「もの作り」を通して、子どもたち同士の関係

を作ろうというねらいだろう。

 単に「~を作ろう」と提示するのではなく、1年生の

お友達を(通常の学級の)招待して、一緒に遊ぶ

ものを作ろう! という投げかけがなされている。

 もの作りをする動機づけがなされるように「仕掛け

て」あるのだと思った。

 授業の冒頭では、1年生の子どもたちの声や

映像を流し、「視覚的」に、状況を想起させようと

いう手だてがあった。

 先生も子どもたちも緊張しているようだった。

 なんとなくぎこちない雰囲気で始まるが、それは

無理もないことだろう。

 1人の子どもが着席できず、床にスライディング!

 大勢の参観者に囲まれているのだ。そういうことも

あるので、そのこと自体は気にならないが、その際

に、教室内に入っている支援者が、まったくフォロー

に動けないことが気になった。

 役割分担、ピンチの時の動き方。

 事前のコミュニケーションが不足していたようである。

 それでもなんとかその子も参加するようになり、授業

は進んでいった。(続く)

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自閉症・情緒障害特別支援学級の公開授業その1

 ある学校の公開研究会に招かれた。

 自閉症・情緒障害特別支援学級が2クラス、

公開授業をされた。

 多くの参観者が、2つの教室の中や外に、

鈴なり状態である。

 このような状態が苦手な子どももいる。

 どうなるか・・。

 担任の先生に伺うと、前の時間に1人の

子どもが

「なんでしないといけないの? なんで先生

たちが来るのか?」

と怒り、大荒れで、課題に全く取り組まず出

て行ったと聞いた。

 まあ、子どもの立場にたって考えたら、

迷惑な話であろう。見られるのが好きな子ども

いるので、決めつけられないが、嫌な子どもも

もちろんいるわけだ。

 でも、ふと思った。

 ことばを荒らしているけれど、これって、

「人が沢山きたら、どうなるんだよ~?」

「人が沢山来たら、勉強できないかもしれない」

等々の不安のことばなのではないか。

 そりゃ不安だよね。

 先生も不安だと思うよ。

 だって、なんどか君たちに出会ったことがあり、

情が移っている僕も、ドキドキしているもの。

 授業当日。

 席に着き、もっとも苦手かもしれない「文を綴る」

授業に参加している彼の姿があった。

 あきらめない。

 投げ出さない。

 なんとかする。

 これまでに培ってきた担任の先生と彼の、クラス

の子どもたちの間の「関係」が目に見えるようだった。

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特別支援学級の学習指導案ー目標と手だてー

 秋は研修会、研究会のシーズンである。

 僕のところにも、複数の指導案が届いている。

 授業が迫っているある研究会の指導案。

 特別支援学級の授業公開だ。

 今年度初めて特別支援学級の担任をされて

いる先生が授業をされる。かなりのプレッシャー

だと思う。でも、逃げずに指導案を練り直し、

修正を繰り返している。

 指導案を書くことが目的ではないので、授業そ

のものをどのように変えようか? が見直しの

目的だ。

 私がしつこく注文を出したのは

 ・目標を具体的に決めること

 ・「子どもに声かけ」以外の手だてを考えること

の2つであった。

 助言する。

 ことばかけをする。

 声をかけて促す。 などなど。

 手だてが声かけだけになっているところを指摘

した。そして、苦しいだろうけれど、声かけをする

という手だて以外の手だてを考えようと話した。

 その結果、8月に拝見した頃とは全く違う指導

案になった。

 授業の最後の振り返り場面でも、ことばだけで

振り返らせるのではなく、授業中の子どもの様子

を意図的にデジカメで撮影し、それをその場で

見せながら振り返らせようという「手だて」が加わ

った。

 

 当日は、子どもたちのコンディションもあるから

授業そのものがどうなるかはわからない。

 でも、そんなことは問題ではないと思う。

 考えて考えて、授業を構想しているところに価値

があるのだから。

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新たな学びが指導案に見える

 ある連絡協議会にて。

 初任の先生方の研修状況についての協議。

 多岐にわたる研修プログラム。

 各学校での工夫あれこれ。

 新しい先生方が、大切に育てられ、自分で育と

うとしてることが伝わってくる。

 それぞれの先生方に、多くの学びがあるのだろ

う。

 ふと思った。

 その学びは、どのようにアウトプットされているだ

ろうか・・・。

 アウトプットなきインプットはもったない気がする。

 もちろん、長いスパンで考えると、そう簡単にアウ

トプットする必要ないこともあるだろう。

 アウトプットの形。

 同僚への話、プレゼン、説明などなど。

 学習指導案の中に落とし込む。

 授業の変化。

 新たな学びが学習指導案の中に落とし込まれて

いること。

 身の丈にあった形で良いではないか。

 よくわからない表現を多用することもない。

 それぞれが、自分の学びを自分のことばで落とし

込んだ指導案を作っていくこと。

 学びを見える形にしてみよう。

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