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「自閉症」として子どもを見ないことの意味

 友人からのメールである。
 日々のちょっとした出来事を教えてくれる。

その小さなエピソードからいろいろなことを考

えることができる。

 体育の時間に、ぶつかってばかりの男の子。

特別支援学級で学ぶ、小学校高学年の男の子

である。

 あまりにぶつかるばかりなので、交流及び共

同学習を担当してる先生から

「わざとやっているように思えてきた・・・」
の声が届いた。

 そんなことはないだろう・・・。
 元々、体のバランスをとるのが苦手である。
 悪気はない行為だと思えた。

 担当の先生は
「わざとやっているんじゃないか。彼らは思春期の

入り口ですから・・。」
と言われる。
 
 思春期の入り口・・・。

 本人を呼んで尋ねた。
 わざとではないと言う。それはそうだろう。
 ついでに聞いてみた。
「好きな女の子はいるの?」

 明らかな動揺・・・。
 そうだったんだ・・・。

 同僚と話した。
「私たちは、あまりに小さな時から彼らを見ているか

ら、彼らの成長がわからなくなっているのかもしれ

ないね。」

 子どもたちは、私たちの知らない間に、どんどん

大きくなっているんだね。

 知らない間に子どもが成長している。
 意図的に「子離れ」していく大切さ。
 障害があって、自閉症の子どもも恋をする。
 「障害」に左右されずに子どもを見つめる大切さ。

 師匠、片倉信夫先生から、若いときに「自閉症だ

と思って子どもを見るのをやめること」を指導いただ

いた。ある一定の時期、これを自分に課すことで、子

どもを障害部分だけで見ない習慣がついた。

 今、このことを改めて思い出している。

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