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見えないものを見ようとすること

 本当にいろいろなことがあった。

 日々に追われ、深夜帰宅の後、夕食を取ってから

翌日の資料に目を通すなど、自転車操業も良いとこ

ろの11月が終わろうとしている。

 あるところで、保護者を中心とした会があり、1時間

ほどお話をさせていただいた。

 実に様々な障害のある子どもの保護者の方々が

集まられていた会であった。

 私は1枚の写真を示した。

 松江出張の際に撮った宍道湖の夕陽である。

 そして、山田太一さんのエッセイを紹介し、出雲地

方が、出雲大社により目に見えないものを引き受け

、大和地方が大和朝廷により目に見えるもの、実務

的なところを引き受けた話を出した。

 特別支援教育の「見えないもの」とは、いったい何だ

ろう?

 「見えないもの」を見ようとする試みは、特別支援教

育の中で大切にされているだろうか・・・。

 

 制度の中にある「見えないもの」。

 そこを考える時間を、皆さんと共有したつもりである。

 マニュアルにならない部分である。

 制度にもならない部分である。

 恐らく、教育の魂の部分になるのだと考えている。

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