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臨床とは難しきもの

 言友会の例会に、教え子と一緒にお邪魔した。

 これまで、例会にうかがったことはあったが、教

え子と一緒に伺ったのは初めてだ。

 苦戦している教え子に、今自分ができることはな

にかを探った末のことだった。

 言友会。

 吃音のある方々のセルフヘルプグループである。

 

 いつか、教え子が成長して苦戦したら、このような

日が来るかもしれない。10年くらい前から、それを考

え、子どもたちのキャンプに言友会のメンバーを招き

一緒に過ごす時間を作ってきた。

 布石とまでは言わないが、10年ほど先を見越した

教育を構想することはなかなか難しいものである。

 その会の席上で、言友会の先輩方は、教え子を

受け止めてくださった。そして、お持ちであった1冊

の本をプレゼントしてくださった。

 『どもる君へ いま伝えたいこと』

http://www008.upp.so-net.ne.jp/osp/ospbooks/book19.html

 

 その時思った。

 可愛がっていただける嬉しさを感じながらも、ひょっと

すると、教え子に必要なのは、ここで教えてもらった

本を、自分で探し出し、どうにかして手にするプロセ

スを持つことではないのか・・・と。

 迷った。

 言おうかと思って、ことばが口元まで出かかった。

 が、今日は、言友会の先輩方の思いを彼が受け止め

ることを願い、それを優先しようと思った。だから、何も

言わなかった。

 判断はいつも難しく、そして瞬間的なものである。

 臨床とは実に難しきものだ。

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