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分かりにくい授業の教育的意味

 尊敬する先輩に時間をいただき、会食をしました。

実践の質が半端でなく、間違いなく全国区の先輩に

もかかわらず、僕ごときに時間をくださる方なのです。

 いろいろな話題が出ましたが、その中の一つが、

「授業の奥深さ」ということでした。

 「わかりやすい授業」が提唱される昨今。

 もちろん、無意識レベルのわかりにくさは改善したら

良いとは思います。一時一事・・・なんて指示の原則

は中学校以下の教員なら、知っておくべき事の代表選

手でしょう。

 しかし、毎時間毎時間、分かりやすく提示するための

教材、資料を用意し、それを1年間続けることは、あまり

現実的ではないでしょう。莫大なエネルギーをかけるな

らば、「エネルギー対効果」は、考える必要があると思

うのです。

 が、先輩との話で話題になったのは、その観点とは少

し違います。

「分かりやすい授業ばかりやっていて、日本の教育って

大丈夫なの??」

という話です。

 小学校低学年は別にしても、「分からない・・・」という

感情を持ちながら、それでも自分を保つ、尋ねる、助け

もらうことは、教育にとって必要な事なんじゃないか。

 池田修先生の学生に講義させていただいた時

「学生には、分からない事も話して欲しい。」

といったニュアンスの依頼を受けたことがあります。

 さすがだと思いました。

 先日、大学生40人ばかりに講義する機会があり

ました。基本的には「わかりやすい」構成を考えまし

たが、端々に「分からない話」を組み込むことにしま

した。

 分かったつもりになってもらっては困るのです。

 でも、前向きなエネルギーをそぎ落とすような講義

ではいけない。

 うーん、授業って難しい・・・。

 学生に話した「分からない話」の中身は次回に・・。

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