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つなぐということ

 ある私立幼稚園の公開保育に招かれまし

た。保育を参観し、何かコメントする役です。

 特別支援教育を意識した公開。

 クラスの中にいる、特に支援を要する子ど

もが誰であるかを明かさず、参観の方々に

は、通常の設定保育場面として見ていただく

という手法でした。

 また、その日の保育で、本当に初めて子ど

もたちが経験する活動を持ってこられた担任

の勇気。それを、おもしろい! と認め、励ま

される園長先生の度量。うーん、始まる前か

ら嬉しくなり、またエネルギーがみなぎる感じ

を受けました。

 そして公開。

 午後からは研究協議です。

 ある参加者が言われました。

「特に視覚支援をしてるわけでもないし、先生

がはきはきしゃべっているわけでもないんだけ

ど、子どもたちは落ち着いて参加している・・。」

 そうなんです。

 どちらかというと、先生は「つぶやき型の語り」

といったしゃべりをなさいました。

 でも、今回の保育の中心は、そのような片々の

技術ではなかったと思います。今回は、「つなぐ」

それも「子ども同士をつなぐ」がテーマだった(どこ

にも書いていないし、誰も、そうだとは言われなか

ったけれど)様に感じたのです。

 仲間と展開している(しようとしている)教育運動?

に、人間関係論的アプローチがあります。ここで

主張して来たキーワード、キーフレーズはこれまで

2つ。

 1つは「つなぐ教育・つなぐ保育」

 2つめは「間を見る」

 今回は「つなぐ保育」に関しての、実践的提案だっ

たように僕には思えました。最後に尋ねました。

「特に支援を要する子どもと周囲の子どもがけんか

を始めました。先生は、見守っておられました。その

子は決して手を出さなかった。周りも出さなかった。

これは、先生が、これまでに、このような状況で「見

守っておける」ように育ててこられた結果ではない

のでしょうか? 

 本人への指導、育ち。

 そして、周囲の子どもへの指導、育ち。

 これまでに意識してこられたことを伺ってみたいの

です。」

 担任の先生は、

「きれいなハートからぴかぴかのハートへ」

といった比喩を使ってこどもに話してこられたことを

「描写的に」教えてくださいました。子どもに語られ

た時のように、再現するように話してくださいました。

 ここが、この実践の「本物性」の現れのように思い

ます。

 「描写できる」

 借り物ではない。

 自分のことば、自分の心。

 そして、最近の僕がこだわっているもう1つのキー

ワード「メッセージ性」にも絡むお話だと感じました。

 子どもへのメッセージ性が問われる。

 僕たちが送る子どもへのメッセージ。

 先生には、明確なメッセージ性があったと僕には

思えました。

 これからの特別支援教育をリードするような方向

性があった提案であり公開保育だったように僕に

は思えました。

 僕にこのような機会を与えてくださったお二人に誘

われ、夜景を眺めながら美酒に酔いしれた夜を過ご

して帰路についたのでした。

 園の先生方、子どもたち、そして、土曜日なのに

登園させてくださった保護者の方々、本当にありがと

うございました。

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コメント

すごい! こんな研修スタイルがあるのですね!
幼稚園の実践力にも、先生の文章力にも酔いしれてしまいました。
「借り物ではない。
 自分のことば、自分の心。」
で授業をできるようになりたいものです。

投稿: たいそーぶ@群馬 | 2008年6月25日 (水) 00時03分

たいそーぶ@群馬さん、コメントありがとうございます。そうなんです、おもしろい研修でしょう??
 表面の、片々の技術ではないところを愚直に追おうという園長先生のご姿勢からきている気がします。

投稿: 夢追い人 | 2008年6月25日 (水) 23時57分

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