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2008年6月

可愛いと思うこと

 ある幼稚園の研究会にて。公開保育、全体協
議と続いて、最後のコメントが回ってきました。

「誤解を恐れずに正直に言えば、僕は、ある
子どものことを考える時、その子のことが可
愛いと感じられるかどうか? 可愛いと感じ
られる場面はどんな時か? それを増やすた
めにはどうすればよいか? をいつも考えま
す。」

といったニュアンスのことを話しました。
 実に単純な物言いかもしれませんね。世の
立派な専門家の方々から笑われてしまいそう
な話かもしれません。
 でも思うのです。
 どんな方法を大切にするとしても、僕は

「可愛いと思えること」
「可愛いと思える場面を増やすこと」
「可愛いと思ってくれる人を増やすこと」

は、どの子にも共通する幸せへの道だろうと思う
のです。
 園から送られたアンケートに目を通していると
このことばに感想を書いてくださっている方がい
ました。

 何かが伝わったのかなと感じ、嬉しい気持ちです。

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5時間半

 土曜日の夜、電車で数十分かけて、二人の

先生が、会いに来てくださいました。通常学級

の担任、通級指導教室の担当の二人は、一緒

の職場で働いたことはありませんが、僕にとっ

て大切な仲間です。大喜びで駅前に。結局、

5時間半、ずーっと教育の話だけしたのでした。

 彼らは、元はと言えば、僕の信頼する一人の

友人と同じ職場の後輩にあたるのですが、いつ

のまにか、こうやって、一緒に学ぶ仲間になった

のです。

 側にいるだけで、僕も幸せな気分になる、不思

議な世界を持っている彼女と、誠実に前に進ん

でいこうとする彼。

 5時間半があっという間でした。

「友達のクラスのお母さんが、うちの子発達障害

かもしれない・・と言われるらしいんです。で、ど

のように応えて、どうしようかなって悩んでいる

みたいで・・。」

と話してくれました。

 うーん・・・。

 そのお母さんは、本当は何を伝えたいのかな。

 子どもが発達障害だって伝えたいのかな。

 発達障害だから、文字が上手に書けないって

ことが伝えたいのかな。

 発達障害だから、専門家紹介して欲しいと伝え

たいのかな。

 それとも、うちの子、みんなと同じようにできな

いから、わかってと伝えたいのかな。

 僕らは、それを考え、推察し、お母さんが伝え

たいことに対して、ことばを紡いでやりとりする

のが仕事なんじゃないかな・・・。

 そのような話をしながら、かといって答えを出

すでもなく、一緒に考えたのでした。そう、答えは

彼女と彼が自分で出すだろうから・・・。

 それにしても美味しいお酒。3杯も飲んだな。  

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教え子

 教え子と10年ぶり? くらいに会いました。

 いえ、正確に言うと、教え子の妹とです。

 私が指導していた子どもの妹、出会った時に

は、2歳くらいだった女の子が19歳になってい

ます。以前会ったのは小学生の頃だったでしょ

う。その頃のイメージのままでしたが、会ってみ

るとお化粧の可愛いお嬢さんになっていました。

  お母さんと3人で食事。

  未成年者は、お水で乾杯です。

  いろいろなことがあったみたいです。

「悪いこと、いっぱいしたよ。」

「不登校もしたよ。」

 本当みたいです。

「今は、施設の職員になりたいな。」

 小さい頃から、自閉症の兄と一緒に、あちこ

ちに出かけていた彼女。今、大学で勉強して

いるのです。 

「この前、お兄ちゃんと一緒にいたら、『彼氏?』

と聞かれたんよ。」

と大笑い。

 いろいろなことを、僕に教えてくれた親子に

乾杯です。やっぱり君は、いい子のままだった

な・・。

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つなぐということ

 ある私立幼稚園の公開保育に招かれまし

た。保育を参観し、何かコメントする役です。

 特別支援教育を意識した公開。

 クラスの中にいる、特に支援を要する子ど

もが誰であるかを明かさず、参観の方々に

は、通常の設定保育場面として見ていただく

という手法でした。

 また、その日の保育で、本当に初めて子ど

もたちが経験する活動を持ってこられた担任

の勇気。それを、おもしろい! と認め、励ま

される園長先生の度量。うーん、始まる前か

ら嬉しくなり、またエネルギーがみなぎる感じ

を受けました。

 そして公開。

 午後からは研究協議です。

 ある参加者が言われました。

「特に視覚支援をしてるわけでもないし、先生

がはきはきしゃべっているわけでもないんだけ

ど、子どもたちは落ち着いて参加している・・。」

 そうなんです。

 どちらかというと、先生は「つぶやき型の語り」

といったしゃべりをなさいました。

 でも、今回の保育の中心は、そのような片々の

技術ではなかったと思います。今回は、「つなぐ」

それも「子ども同士をつなぐ」がテーマだった(どこ

にも書いていないし、誰も、そうだとは言われなか

ったけれど)様に感じたのです。

 仲間と展開している(しようとしている)教育運動?

に、人間関係論的アプローチがあります。ここで

主張して来たキーワード、キーフレーズはこれまで

2つ。

 1つは「つなぐ教育・つなぐ保育」

 2つめは「間を見る」

 今回は「つなぐ保育」に関しての、実践的提案だっ

たように僕には思えました。最後に尋ねました。

「特に支援を要する子どもと周囲の子どもがけんか

を始めました。先生は、見守っておられました。その

子は決して手を出さなかった。周りも出さなかった。

これは、先生が、これまでに、このような状況で「見

守っておける」ように育ててこられた結果ではない

のでしょうか? 

 本人への指導、育ち。

 そして、周囲の子どもへの指導、育ち。

 これまでに意識してこられたことを伺ってみたいの

です。」

 担任の先生は、

「きれいなハートからぴかぴかのハートへ」

といった比喩を使ってこどもに話してこられたことを

「描写的に」教えてくださいました。子どもに語られ

た時のように、再現するように話してくださいました。

 ここが、この実践の「本物性」の現れのように思い

ます。

 「描写できる」

 借り物ではない。

 自分のことば、自分の心。

 そして、最近の僕がこだわっているもう1つのキー

ワード「メッセージ性」にも絡むお話だと感じました。

 子どもへのメッセージ性が問われる。

 僕たちが送る子どもへのメッセージ。

 先生には、明確なメッセージ性があったと僕には

思えました。

 これからの特別支援教育をリードするような方向

性があった提案であり公開保育だったように僕に

は思えました。

 僕にこのような機会を与えてくださったお二人に誘

われ、夜景を眺めながら美酒に酔いしれた夜を過ご

して帰路についたのでした。

 園の先生方、子どもたち、そして、土曜日なのに

登園させてくださった保護者の方々、本当にありがと

うございました。

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描写する

 今年、若手、中堅の実践家3人とコラボレー

ションして、あるメルマガに連載しています。

そこで常に議論し、要求しているのは「実践

を描写する」ことです。

 どうやれば、その実践の事実が描写でき、

いろいろな人に伝わるか?

 そもそも、描写することは、同僚、保護者に

説明する時にも、大切な方法だと思います。

 時に、描写せず、できるだけ抽象的なことば

で語って、「分かった気分」になることがあるよ

うに思います。

 「子どもが最近甘えが激しくなりました。」

という表現と

「子どもが側に来た時に、最近は、離れたがら

なくなりました。また、泣いてから泣きやむまで

の時間が以前よりも長くなりました。」

という表現。これは、あるところで、同じ子ども

について語られた表現です。

 ある若手から、毎月、学級便りが送られてきま

す。実践描写の記述を意識して「修行」を始めた

らしいのです。最近、めきめき、伝わることばに

なってきています。

 今後が楽しみです。

 描写型の発信をする仲間が増えること。

 これからの課題(夢?)の1つです。

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悩んだ時に

 前回、『家栽の人』について書いたところ、

北海道の石川晋さんが、ご本人のブログで

コメントしてくださっていました。

 悩んだ時に、何か読めるかな・・・という

テーマで、うーん、僕があまり練り込まずに

書いた文章がばれたな! って感じです。

 僕が『家栽の人』を読む時は、ある限られ

た時なのです。それは、自分の仕事、臨床

において、自分がイメージすることばが出て

こなくなった時。もしくは、薄っぺらなことば

ばかりが出てきて、それで、仕事をした気分

になり出した時です。

 具体的状況で悩む時に読む本ではないの

です・・・。きちんとことばにするって難しいけ

れど大切ですね。石川さんのおかげで、再度

考えることができました。感謝です。

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家栽の人

 『家栽の人』という漫画をご存じですか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B6%E6%A0%BD%E3%81%AE%E4%BA%BA

 13,4年前にテレビドラマ化もされました。

 15冊シリーズの漫画本ですが、僕は全部持っ

ています。

 この漫画、桑田判事というある家庭裁判所の

判事を主人公としたストーリーです。この本、

僕の臨床の教科書の1つなのです。

 もう、今までになんか読み返したかわかりませ

ん。、でも、先週からまた読み直しています。

 自分が、迷いだしたら読むのです。

 自分らしさが分からなくなってきたら読むのです。

 子どもたちの背景を見るということ。

 子どもたちは、家庭や地域で育てられるというこ

と。

 たった一言のことばに救われ、たった一言のこと

ばにすがって生きていけることがあるということ。

 僕は、これらを、お会いしたことのない桑田判事

さんから教わりました・・・。

 漫画読んでいる間に仕事したらね~という心の中

のささやきに耳を傾けることなく、この週末は、桑田

判事さんとお会いしていたのでした。

 来週から何本か続く講演に向けて、自分自身の

立ち位置を確認したかったので・・・。

 

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幼稚園の特別支援教育

 週末は、幼稚園の特別支援教育を考えた

休日でした。

 新しく告示された幼稚園教育要領を一読し

ました。改めて、幼児教育の奥深さを感じた

気がします。私がこれまで考えてきた「暮らし

支援」と関連する記述がとても多く、幼稚園に

とっては、当たり前の内容なのかなと思いま

した。

 また、最近あるところで知り合ったある園長

先生がお書きになったご論文を拝読。そこに

は、私が大学院に通っていた頃読んだ(だけ)

倉橋惣三研究をベースに、ご自身の保育観を

綴っていらっしゃる大作でした。

 園での実践を、倉橋の考えとリンクさせて考察さ

れ、また、教育要領におけるねらいを具体化させる

ための現場の工夫についても記述されています。

そこには、技術・方法レベルの工夫だけではなく

教育課程の編成そのものが、子どもの育ちに

大きくかかわることを示しておられるように読め

ました。教育課程と子どもの育ちを考えるという

ことは、こういうことを言うのか・・・と考えさせられ

たのでした。

 その後、私の後輩の書いた実践記録を読み始

めました。そして、改めて、その感性の鋭さに感

服したのでした。

 帰り際に、その子と握手しようとしたら、

その子が大切に握っていたものをわざわざ

反対の手に握り替えてから、自分に右手を

出してくれた・・・という記述がありました。

 その子の真意はもちろんわかりません。

 でも、そうやって「握手」の場面を瞬時に捉

えている感覚が凄いと思います。

 「帰りに握手をして別れた」

と捉えたら、そこに生じていた大切な「物語」が

見えなくなってしまうのです。でも、彼女には見

えている。小さな、でも大切な「物語」が見えて

います。

 その子が最近、今までやろうとしなかったこ

とに挑戦しようとし始めているようです。お母さ

んが、先生のおかげで・・といわれています。

きっとそうなんだと思いました。でも

「違います・・。」

という彼女。

 謙虚さも、誠実さもきちんと守って臨床をやっ

ています。

 頼もしく、そして、しい思いで週末の夜が更

けました。

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野菜づくり

 ある病棟の派遣学級に伺う機会がありました。

 ある先生のことば。

「ほら、さっきより、ちょっと目があいているんです

よ~。よく聞こえているんですよ。」

 ベッドに寝ている子どもの表情が、ほんのちょっと

でも、はっきりと変化したように思えたのでした。

「今日は、音楽どころじゃないのよね・・・。昨日の夜

大変だったものね。」

 表情を変えないで横たわっているように思える

ある子どもの隣のベッドがあいていました。昨晩

8年間の短い人生を終えた友達のベッドが・・・。

「よくわかっているんよね。わかっているもんね。」

 先生が、身体に触れながら、語りかけておられ

ます。相変わらず、一見表情を変えないように見

える子どもと先生のつながりに圧倒されながら、

病室を後にしました。

 病棟の中庭に、畑があります。

「病院から土地を借りて野菜を作っているんです。

もちろん、作るのは教師ですけどね。

 収穫を一緒にできる子は、一緒にします。できな

い子は、窓からでも畑が見えて、少しでも野菜が

見えたら良いなーと思うんです。野菜を食べられる

子はいないんですけどね・・・。」

 子どもの反応が少ない時。

 子どもを見つめる自分自身の気持ちに目を向け

自分自身の思いを見つめ直して過ごす作業が

必要なのでしょう。あいているベッドと、お勉強する

子どもたち、そして窓から見える畑に、大切なことを

思い出させていただいた、そのような気がします。

 短い人生を終えたお嬢ちゃんのご冥福をお祈りし

ます・・。 

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つながり

 昔の教え子の保護者や、一緒にキャンプをして

そこで出会った保護者が久しぶりに集まる会に

呼んでいただきました。

 ほとんどの子たちが、中学生、高校生になって

います。吃音という、一見分かりにくい、誤解され

やすい悩みを持つ子どもたちです。

 数年前、キャンプをして、県内の子どもたちが

集まる機会を作りました。その時のつながりが

緩やかに残っており、それが、このような形にな

っての再会でした。

 将来の夢を見つけ、そのきっかけがキャンプの

参加であったらしい話を伺いました。びっくりです。

キャンプに一緒に来ていた友達と、今でも連絡を

取り合っていると聞きました。

 別の子どもは、自分から人と関係を取り結ぶの

は苦手なのだといわれました。小さい頃からでし

たね。でも、社会の中で役立ちたい気持ちはある

ようだとの話に、嬉しくなりました。そうそう、これ

から君たちの力が必要なんだから・・・。

 いつもでなくてもよい。

 必要がなければ、なくても良い。

 でも、集まれる場所、話したい時に話せる人が

いることは、大きなことだと思うのです。そのような

人がいてくれることが、勇気に、安心になるように

思うのです。僕自身も、そうなのです。

 細々と、でも温かい場所になっていきますように。

 よかったら、僕も仲間に入れておいてくださいね。 

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花まる先生

   朝日新聞に「花まる先生」という連載があり、

そこに京都の糸井登先生が登場されました。

http://www.asahi.com/edu/student/teacher/TKY200805250053.html

 我が家は朝日新聞ではないので、いつ掲載さ

れるのかなと思っていたところ、既に掲載された

とのこと。慌ててネットで検索です。

 糸井先生は、昨年度、ある研究会に私を招い

て下さった、その会の代表のお一人でした。

 全国的に著名であり、お名前はずっと前から

存じ上げていたけれど、お会いしたのは初めて

だったのです。

 やはり、素敵な方でした。

 自分が子どもだったら、信用して、信頼するだろう

な・・・と強く感じたのでした。

 先生のブログを拝見していると、修学旅行の際、

廊下に布団を出されて休まれているとのこと。

「よく眠れるの?」

と尋ねた子どもに対し、心の中で

「よく眠れないように廊下にいるんだよ」

とつぶやかれたというくだりに、強烈なプロ意識を

感じ、改めて尊敬したのでした・・・。

 私の地元にお呼びしたい方のお一人なのです。

 そして、先生のご実践を、特別支援教育の文脈

に載せて、講座をしていただくのが夢なのです。

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