« お手紙 | トップページ | だいすき »

「モデル」を示すということ

 とある研究協議会で、東京に

行ってきました。言語指導の

基本的マニュアルを、動画も

添えた形でデータ化し、ウエブ

上に公開しようという企画の

協力を依頼されたからです。

 実際には、企画者やそのお

仲間は、僕よりもレベルが上

の方ですから、僕にはほとんど

役割はなく、申し訳ない時間を

過ごしたのでした。本当にごめ

んなさい・・・。

 しかし、役にはたちませんで

したが、個人的には非常に勉

強になりました。

 「間違っていなければ、まずは

ウエブ上に出して、修正・加筆

していけばよいんだ」

という考え方が出ました。インタ

ーネットの文化は、この考え方が

基盤にあると思うし、それを、手

軽に行えるところが凄いのだと

思います。

 しかし、いつでも、どこでも、誰

でもが見られるものを「モデル」

的に示すことへの危険性を

考える意見もありました。

 この2つの考え方は、相対する

ものではなく、「あるケース例」を

示すことと「モデル」を示すことの

違いに、ポイントがあるのだと

感じました。

 実は、僕自身の仕事の中で、

「実践モデル」を示すことを要求さ

れ、その記述の仕方に苦慮して

いることがるのです。また、実践

例をウエブ上に上げて、それを

更新しながら進化させる仕事も

担当しており、余計に、その違

いを意識したのかもしれません。

|

« お手紙 | トップページ | だいすき »

特別支援教育」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/403660/11421988

この記事へのトラックバック一覧です: 「モデル」を示すということ:

« お手紙 | トップページ | だいすき »