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2007年8月

引き継がれていくもの

私と絶対的に信頼している相棒の二人が中心になって

立ち上げ、続けてきたとある「合宿」から、二人が事情で

引かなければならなくなってしまいました。参加はするの

ですが、中核として全面に出られなくなったのです。多くの

方が

「これで、が宿も終わりだ・・」

と思われたようでした。でも、終わりませんでした。別の仲

間たちが、この合宿を終わらせてはいけないと考え、仕

事を引き継いでくれたのです。今まで、私はよく言われてき

ました。

「おまえの仕事は、おまえだからできることが多くて、それ

ではダメなんだ。もっと、誰でもできることをやっていかなく

ては意味がないんだ・・。」

 仕事を引き継ごうと考えてくれた彼らの気持ちを動かし

たものは一体何だったのでしょう? 私と比較されることが

目に見えているのに、それでもやめなかったのは、一体

どうしてだったのでしょう?

 合宿の夜中の二時頃、みんな寝静まった頃に、三人が

私に

「一日目を見ての感想聴かせて欲しい・・。」

と言ってやってきました。

 疲れ果てているであろう時間に、このことばが出てくる

その気持ちは一体どこからきているのでしょう?

 引き継ぐもの。

 引き継がれていくもの。

 引き継がれていくものは、まずはその「魂」みたいな

ものなのかもしれません。

 では「魂」ってなんだろう?

 「魂」ってどうやったら引き継がれていくのだろう?

 新たな宿題をもらった私も、まだまだ引いてばかり

はいられないようです。

 

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エピソードの「題」

ある研修会にお招きいただき、2時間の講座を

受け持たせていただきました。

まず45分、私の四方山話も含めて、発達障害

の基本と、エピソードから、こどもたちの様子、

子どもたちと私たち、周りとの関係を捉えていく

ことについて話しました。

 その後、先生方から事前にいただいていた

質問について、その場で「語り直し」をしていた

だきました。それを元に、私がコメントさせてい

ただきながら、講座を進めていきました。

 ここでのねらいは3つ。

 現場で起きていることを、ことばにしていく

大切や難しさを実感できること。

 現場で起きていることを、「文脈」でとらえ

る意味を感じること。

 支援を要する子どもたちへの具体的な

支援の方向やアイデアを学ぶこと。

 特に、今回は養護教諭の仕事をされて

いる皆さんの集まりでしたので、2つめの

「文脈としてとらえる」ところに力点をおい

てみました。具体的には、自分が語った

エピソードに「題」をつけてみようという

提案をしたのでした。

 つまり、同じ話であっても「題」の付け

方は「文脈」によって変わるだろうとい

う話です。例えば「言うことをきかない

○○くん」という「題」なのか「少しずつ

努力し始めた○○くん」という「題」な

のかは、全く異なる「文脈」になるので

はないだろうかということです。

 このところ、2回続けて「エピソード」

をどのように扱っていくかというテーマ

の研究会に招かれました。何気なく

語る「エピソード」。質的なデータである

「エピソード」を現場で、臨床で活かし

ていくための整理をしていきたいと

思います。

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仲間の死

共通のある方を師と仰ぐ、一人の仲間が亡くなりました。

お会いしたことは数回だったかな。でも、突然お電話をい

ただいてケースの話を始めたり、お手紙をいただいたり

する関係でした。理不尽な批判にもあっていらした思う

けれど、ご自身の力量で周囲が動いていったような印

象がありました。施設の職員という立場で、誠実に、愚

直にお仕事をされ、結果を出された方でした。

 手術後も、職場に復帰され、最後までケースのことを

考え、動かれ、部下を育てられていた様子が、あるサイ

トの中に発表された原稿として残されています。魂のこ

もった日本語ですが、悲壮感が漂わない文章に、人間の

スケールを感じます・・・。さぞ、無念だったろうに・・・。

 どうぞ、どうぞゆっくりお休みください。

 笑われないように、あきらめないよう、今おかれていると

ころで、努力していきますから・・・。ご冥福をお祈りします。

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