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2007年6月

合わせようとする気持ち

 先日、初めて特別支援学級を担任された先生方の

研修会に伺いました。音楽の授業でした。

 6人の子どもたちが1つのクラスに集まり、合奏に

取り組む授業でした。一人に1つあるいは2つのハン

ドベルが手渡されました。まずは、先生の指示の元、

一人ずつ音階を奏でていきます。他の子どもが音を

出しているとき、音を出さずに待っていることが必要

になります。それまでの空気とは少し空気が変わっ

た気がしました。そして、子どもたちは、待ちました。

ほどよい緊張感が流れます。次は、音符が色別に

示してある楽譜を見ながらの演奏です。子どもたち

は、それぞれに前に貼ってある楽譜を見て、先生の

指揮を意識してハンドベルを演奏します。途中まで

演奏が進むと、聴いている方には

「もうちょっと! 集中して・・。」

の気持ちが強くなりました。いや、きっと子どもたち

も、同じ気持ちだった気がします。子どもたちは、

それぞれに集中している様子。

 私は、子どもたちの表情が見たくなり、さりげなく

廊下に出て前の方から表情を眺めました。

 集中はしているけれど、でも、子どもたちは、笑顔

を見せています。やらされているのではなくて、

自分でやろうという気持ちの現れなのかなと思いま

した。

 音楽の授業は、子どもたち一人一人の気持ちを

育てる授業だったと思いました。そして、6人のこども

たちが集団として育ちつつある授業でもあったと思い

ました。

 

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切り替え困難へのアプローチ

個別の療育のプロであるある方から

送ってもらった実践記録を拝見して

いると、次のような記述があった。

先生に見せると言って持ってきていた

つもりのおもちゃを見せたくなったらしい。

別室で待っているお母さんのところに

取りに行ったら、なかった・お母さんに

対してきつく怒る。『今度はもってこいよ』

みたいな怒り方。いつもの可愛い彼女

とは思えないことば。

本当は、早く、遊んでいるところを先生

に見せたかったんだよね』

『うん』

『今度は持ってきてってやさしくいえるかな』

『こんどはもってきて・・・(優しい言い方で)』

『わー、優しい言い方できたね!』

これで切り替わる。でも・・。暮らしの中で

彼女が切り替えられずに言ってしまった

ことばを言われた方のダメージは大きいと

思う・・・。」(引用終了)

 このやりとり、何気ないけれど、誰でも

同じようにつきあえないことを僕は知っ

ている。関係性を成立させた人だから

彼女を一瞬で切り替えて親子がこれ以

上こじらせないように救えているのだ。

 切り替え困難。

 いや、その前に、自分が描いたイメー

ジから外れた際の次の見通しのもちに

くさもあるのだろう。それが、親子の

関係を阻害する。それを見た周囲の

「お母さんがしっかりと関わらないから

子どもの情緒が不安定になるのよ」

などということばが、母親を襲う。それ

がまた、親子の関係を阻害する。

 また

「ちゃんと躾けていないから、そんな暴

言をはく子になるのよ」

という冷たい日本語。

 躾が大切なのは当たり前。でも、この

タイプの子どもたちを躾けるには、かな

りのコツと応援団が必要だろう。その1つ

に「切り替え困難」へのアプローチと

親子へのサポートがあると思う。

 

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テストの受け方

ある仲間と、テストについてやりとりをしました。

いただいたメールを許可をもらったので引用す

ると

けっ

田舎だから、進学塾だの学力検査だのに、な

れていない子どもも多いようです。まず、解答用

紙に書くということが理解できていない子どもが

こうたくさんいました。学力以前に、テストの

進め方になれていない。先生の説明を一度で

理解できていない、時間がきたら次に行くと言う

ことを自分なりに解釈して、設問1でやめている。

ややこしい問題はとばすなどせず、ひたすらつ

まづいている・・・等は当たり前のように見られま

す。担任は、子どもへの指示の的確さでは定評

があるから、先生の説明の悪さとは思われない

のです。とすれば、学力以前の何かの力が足り

ないことで、不振状況になるのではないかなあと

思ったりしました。特別支援学級から参加した

子どもは、以前はできなかった「とばす」ことが

できるようになり、また本人の特性「開始困難」

も、なんとか許容範囲でおさまり、事なきをえた

のでした」(引用終了)。

 僕も、これまで、子どもたちに「テストの受け

方」レッスンをやっていました。順番にやらなく

ても良い。わからなかったらとばして順番を

変える。一問できなくても、いらついてそこで

あきらめずに続ける。答えはどこに書くのか

な。答えは数字で書くの? 記号で書くの?

などなど。中身以前に、「解答パターン」の

レッスンもいるのです。また、子どもたちの

持つ「特性」が、例えば、きっかけがないと

始まりが難しい「開始困難」や最初から順番

にやりたい「同一性保持」とでも呼ぶべき

状況への寛容さを養うことで、本当の力が

テストに反映することは、決して少なくないと

感じます。

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若い先生方へ

ある研修会で、若い先生方のワークショ

ップ型研修のコーディネートをしました。

5人グループが6つの構成でしたが、雰

囲気がよく、和やかな空気がありました。

それを活用させてもらい、まずは、僕の

軽いトークで笑っていただいた後、グル

ープにお題をを出してのフリートークにし

ました。「最近、ほっとしたこと」がその

お題でした。その後、45分ほど、グルー

プで実践を語り合いました。各自がポス

トイットに記入した実践を模造紙に貼り

付けながら説明していくスタイルです。

その後、各グループからの発表。特に

指示しませんでしたが、それぞれが、模

造紙を持ちながら規定の3分間を巧みに

使ったプレゼンを展開し、感心したのでし

た。話がうまい先生方が多い! まだほ

とんどが20代の方と思われたので、実に

頼もしいことでした。そして、最後に僕が1

5分話しました。今日のワークショップのコ

メントをして、終わりに、昔、僕自身が経

験したある子どもの話をしたのです。学級

での子どもたちの夏休みの思い出の発表

で、ある子が

「くるくる寿司に行きました」と発表。その時

何ともいえない空気が教室に生じた。その時

どういったのか? という話をしたのでした。

「ぼくは、くるくる寿司行ったことがないなー。

皿が回転したら、おすし取れないよね~」

教室は爆笑。空気を変えた後、その子が

事情で、普段会えない大好きなお父さんと

一緒に行ったことを確認し、

「一番好きな人と食べるお寿司だったんだ。

同じお寿司でも、一番好きな人と一緒に食べ

ると違う味がするんだよ・・。」と話したことを

紹介して研修を終えました。終わってから、一

人の先生が、わざわざ僕のところまでやってき

ました。

「自分も、小さいとき、同じような経験したんです。

でも、自分は、みんなから笑われて、馬鹿にされ

ました。」

ボロボロと涙がこぼれました。

「私は、自分の前にいる子どもたちに、そのような

思いをさせない教師になりたいです。今日、お話を

伺って、とてもそう思いました。それをお伝えしたくて

・・。ありがとうございました。」

と言われて別れました。僕らは、自分の思いを、経

験を教科書にして、仕事をしていくのかな・・。僕にと

っても、若い先生方のやる気と感性から元気をもらっ

た1日でした。

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子どもの姿・子どもと大人の関係の姿

ある研究にちょっとだけ携わっています。

そこで話題になったのが「目指す子どもの

姿」。「友達と遊べるようになる。」「一人で

はみがきができる」なんて感じの姿を想定

し、それに向けてアプローチする。そういっ

た流れで研究デザインを描こうとされている

そんな印象を持ちました。

 そこで、ふと思いました。

「子どもの姿」というと、一般的には、子ど

もの姿を、関わる自分とは切り離して

捉えようとします。でも・・・。自分を

棚上げして子どもの姿を見つめようとする

けれど、本来は「自分と子どもの姿の関係」

あるいは「子どもと周囲との関係」を捉え

ていかないと、子どもの姿は見えてこないん

じゃないかなと思います。ただし、問題は

「関係」って目に見えないことが多いこと。

でもでも、保育、教育に関わる方なら、いえ

子どもに関わる大人ならば「子どもと関係が

うまくいかない」とか「子どもと関係がよくな

った」なんて実感があるのだろうなと思い

ます。ここでのキーは「実感」。これ、目に見

えないのです。しかし人間は「実感」を伴って

理解したり、納得したり、動いたりするので

はないのかな・・と思います。子どもの捉え方

を考えていく大切な視点だと感じます。

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