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2007年5月

就労・生活支援

 仕事で、就労・生活支援をされている

施設に伺ってお話を聞きました。生活支

援をされているスタッフのお仕事内容と

お仕事ぶりを伺い、頭が下がりました。

所長さんが

「勤務は21時45分までですが、本当に

24時間勤務のようになってます。夜中で

も、必要ならば出かけていくんです。」

「仕事を終えて帰ってきますよね。その後

どんな生活しているかな、食事はちゃんと

取っているかな? お金の管理は大丈

夫か? など、いろいろな心配事が

あります。」など、たくさんのお話を教えて

くださいました。仕事を見つけること、

働くこと、続けること、暮らすこと、暮らし

続けること。学校を終えてからの生き方

へのサポートの大切さと大変さの一端を

感じることができた時間でした。

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特別支援教育でのKJ法

今日、ある研究会に参加していると、とある

幼稚園の先生が、ご発表をなさっていました。

幼稚園から小学校への「つなぎ」についての

誠実な、丁寧な実践と、お人柄がにじみ出る

ような愚直な話しぶりに、共感しながら伺いま

した。おもしろいなと思ったのは「人・もの・こと」

への支援を考えたということや「子どもへの支

援について、職員で話し合い、出てきた内容を

紙に書いて整理していきます」というお話でした。

前者は、僕もよく使う「理論」ですし、後者は、

いわゆるKJ法ですね。これまた、僕はよく使い

ます。拙著でも紹介している方法です。つまり

実践の「理論」が、非常に似ているのです。

スーパーバイザーの指導を受けてのことと言わ

れましたが、もちろん僕ではありません(笑)。

おもしろいことです。世の中、同じように考え

特別支援教育を進める人っていらっしゃるの

でしょうね。現場の様々な場面や、子どもとの

かかわり、つきあいを「整理」するために、又

多くの職員の仕事を束ねたり、「整理」したり

するために、KJ法的な発想で、意見を出し合い

カードに記入して、似たものをまとめてみる。

まとまりごとに「タイトル」をつけるという方法は

大切な方法だと思います。

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親の会に育てられた自分

ある親の会のシンポジウムに招かれま

した。親御さん二人のお話を受けての

僕の話でした。

 シンポ前の打ち合わせで、1時間程

事前シンポジウム(笑)みたいになり

思うところがあって、あらかじめ作っ

ていたレジメを捨てました(笑)。

 「経験不足だよね・・・」と安易に使う

危険性について話しました。「小さい

ときに、抱っこされた経験が不足

しているんだ・・」なんて安易に言わ

ない。抱きたくても、抱かれることを

嫌がる子どもだったのかもしれない。

その時の両親、そのほか子どもを

取り巻く大人の心境はいかに! 

いや、子ども自身の思いもどんな

ものなのか・・に思いをめぐらせて

仕事がしたいと述べました。

 また、僕を育ててくださった親

の会の皆さんが、最初は「我が子

が大切」からスタートしながらも

次第に「我が子も大切」にシフト

していったことを話しました。

親の会の本質を表している変化

ではないのかと感じるからです。

 これまでお世話になった保護

者の方々が、たくさん「僕の顔を

見に来ましたよ~」と言っていら

してくださいました。見ていただく

顔はないけれど、親と教師で作る

特別支援教育というテーマに少し

近づけた気がした一言でした。

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1行の手紙に込められた思い

ある幼稚園の子どもからお手紙を

もらいました。以前、教育相談で

何度かおつきあいしたことのある

子どもでした。「せんせいげんき

でね」と1行書いてありました。そ

して、チューリップとちょうちょう

の可愛い絵が添えてありました。

まだ、文字を書くのが難しい子が

一生懸命えんぴつを握って書いて

くれたのでしょう。いえ、何もきっ

かけがないのに、いきなりお手紙

を書いてくれるはずはないのです。

きっと、お母さんが何かのきっか

けを与えられたのでしょう。そして、

親子でなんらかのやりとりがなさ

れたのだと思います。 お手紙が

書かれた便箋の素敵なデザイン

から、子どもを思うお母さんの思

いが伝わってくる気もしました。

 1行の手紙にこめられた思い。

 それを感じながら、1行の手紙

から子どもとその家族に思いを

はせながら、パソコンに向かっ

ています。これまで、一体どれ

くらいの数の子どもたちやご

家族、その他多くの方々から

こうやって教えていただいて

きたのかな・・・。暮らしに思

いを寄せる臨床を大切して

いきたいと思います。

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日記風記録

子どもとのつきあいを、どのようにことばにするのかは、僕にとってずっと

長い間追ってきた課題です。そして、今の時点では、「日記風記録」が

1つのスタイルになっています。「○○ちゃん日記」などと命名し、子ども

とのつきあいを素朴にことばにしていきます。

 子どもの様子を観察することもあります。でも、つきあいを書くことが多

いです。子どもと自分のつきあい=やりとりを記述しています。子どもと

自分の関係を見つめるのに役立つと考えるからです。僕自身を棚上げ

しないで、自分と子どもの関係を見ていきたいからです。

 僕自身の気持ちを記述することも多いです。

「僕は、あの子を可愛いと思えるようになった。以前は、どうしても可愛

いと思えなかった。それが、いつしか可愛いと感じている。すると前なら

気になった子どもの自信のなさが、その子の健気さのように感じられ

以前とは違った感情を持って子どもを見ている気がする。なぜだろう?」

などのように、素直に自分の気持ちをことばにして、振り返っています。

 子どもの姿は、一見客観的に思えても、案外、自分の気持ちを通して

自分のまなざしを通しって見えている。自分との関係の中で見えている

と思うのです。

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「当たり前の」特別支援教育を

はじめまして。

夢追い人です。名もない臨床家の一人です。

学校現場で、子どもたちと親子と向き合い、寄り添い過ごしてきた人間です。

特別支援教育の時代になり、支援を要する子どもたちに日が当たるようになった幸せを

感じつつ、何か違和感も覚えながらの日々です。教育現場の一人の臨床家として、感じた

ことを素朴に日本語にしていきたいと思っています。「特別な」特別支援教育よりも「当たり

前の」特別支援教育を目指して、細々と考え、感じ、動いていきたいと思っています。

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